「人道研究ジャーナル」創刊号

「人道研究ジャーナル」創刊号 page 111/216

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Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012Ⅱ.同情と共感としての人道思想1.ルソーの憐れみの情人道的感性は、人間の「憐れみの情」の中に普遍的に見出だせるとする代表的思想家はジャン・ジャック・ルソーと....

Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012Ⅱ.同情と共感としての人道思想1.ルソーの憐れみの情人道的感性は、人間の「憐れみの情」の中に普遍的に見出だせるとする代表的思想家はジャン・ジャック・ルソーといえるだろう。ルソーは『人間不平等起源論』の中でバーナード・マンデヴィルの「蜜蜂物語」の一節を引用し、「憐れみの情(pitie)」に言及する。「一匹の野獣が一人の幼児をその母親の乳房から引ったくり、か弱い手足をその恐ろしい歯で食いちぎり、その子のぴくぴく動くはらわたを爪で引き裂いているのを牢屋から眺めている囚人」を引き合いにだし、この出来事と何ら個人的な利害関係のない囚人ですら、この光景を見て、「自分が救いの手を差し伸べられないことに深い苦悩を覚えないでいられようか」14と問いかける。そしてこの感情は、あらゆる人間が先天的に備えた「自然で純粋な衝動」であり人間に普遍的な本性だという。ルソーはそれを“pitie”と表現した。マンデヴィル自身も「人間である限り、どんな言葉をもってしても正しく形容できないような光景を見て心を痛めないほど、冷酷なまたは余裕のない心をもつ者はない。」15とし、この感情は対象が身近であればあるほど大きく、遠ければ遠いほど小さくなると記している。対象への憐れみの情は、距離の二乗に反比例するという表現は、「赤十字基本原則の解説」の著者ジャン・ピクテの思想にも見られる16。2.スミスの共感の心ルソーと同時代のアダム・スミスも『道徳感情論』の中で「共感の心」は人間に共通に見出せる感情であるとした。スミスは、どんなに利己的な人間でも、「人間の本性には、他の人々の運命に関心を抱き、他の人々の幸福を見る喜びのほかには自分には何の利益もない場合でも、それらの人々の幸福が自分自身にとって必要不可欠なもののように感じさせる何らかの原理が存在することは明らかである」17と記している。スミスがいう「共感」は、必ずしも憐れみの情と同義ではないが、他者の運命への共感共苦の感情が人間の本質であると見る点で共通する。功利主義者のジェレミー・ベンサムも共感の感情を肯定的に捉え、「共感の快楽には、中立的な意味で好意と呼ばれる動機が対応する。<略>よい意味では、その動機は慈愛と呼ばれ、博愛と呼ばれることもある。また比喩的な意味では兄弟愛、人類愛、慈悲心、憐れみ、同情、情け、感謝、親切、愛国心、公共心などと呼ばれる」18と記している。3.カントの同情インマヌエル・カントも「愛の義務」の中に親切、感謝、同情の三つの義務を据え、同情を愛の要素の重要な徳目と考えた。カントは同情とは「共に喜ぶことと共に苦しむこと」であり、それを他者の快楽と苦痛の状態に即して抱く快または不快の感性的感情(共感、同情)と定義した。このような感受性を自然は人間の内に与えており、この感受性こそが人道(humanitas)だとカントはいう19。そして「親切を尽くすこと、他の人が困っているときに、何かのお返しを期待したりせずに、自分の能力に応じて、他人の幸福を促進することは、人間すべての義務」であり、苦しむ者(困苦せる理性的存在者)への親切(功利的格率)は、同じ人間同士の相互扶助であり人間人道研究ジャーナルVol. 1, 2012109