「人道研究ジャーナル」創刊号

「人道研究ジャーナル」創刊号 page 121/216

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Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012Ⅱ軍事介入正当化要件の適用をめぐる課題2000年のICISS設立以来、専門家の間で軍事介入正当化要件の適用をめぐって多くの議論が交わされてきたが、その適用上の主な課....

Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012Ⅱ軍事介入正当化要件の適用をめぐる課題2000年のICISS設立以来、専門家の間で軍事介入正当化要件の適用をめぐって多くの議論が交わされてきたが、その適用上の主な課題は1誤用、2拒否権の行使、3安保理迂回措置である。本節では、具体的な事例をあげながら、これらの課題について考察する。1.誤用(1)サイクロンナルギス2008年5月2日、サイクロンナルギスがミャンマー南西部に上陸し、死者85,000人、行方不明者54,000人が発生した。この大規模自然災害に対し、多くの国際機関や政府機関が人道支援を提供する意思を表明したが、ミャンマー政府は、国際社会が災害支援を通し民主化圧力を強めることを警戒し、人道支援組織の職員の入国や人道支援物資の受け入れを制限した。しかし、被害状況の全貌と支援の遅れが明らかになるにつれ、国際社会はミャンマー政府に人道支援を受け入れるよう圧力を掛け始めた。国際人道支援へ非協力的なミャンマー政府に対し、ハビエル・ソラーナ元欧州連合外務安全保障政策上級代表は、「(ミャンマーにおけるサイクロンの)被災者を支援するために、国際社会はあらゆる可能な手段を行使すべきである」と述べている17。同様に、ベルナール・クシュネル仏元外相は、「保護する責任」を自然災害に適用し、ミャンマー政府の同意を得ず支援物資を強制的に被災地へ届けられるよう安保理に働きかけた18。クシュネルの論理は次のように述べられるであろう。ミャンマー政府は国際社会からの支援を制限していることから、サイクロンナルギスの被災者を保護する意思のないことが「明白」であるため、国際社会はミャンマー政府に代わって、支援物資を被災者に配給し、被災者を保護する責任がある。しかし、前節でも説明したように、「保護する責任」は大量虐殺、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪の四つの残虐行為に適用される規範であり、自然災害による被災者を保護するための規範ではない。したがって、「保護する責任」の自然災害への適用は「誤用」である。(2)南オセチア紛争「保護する責任」の濫用のもう一つの例として、2008年に勃発した南オセチア紛争へのロシア軍の介入があげられる。1991年のソビエト連邦の崩壊後、グルジア領内の南オセチア地区ではグルジア人と自治権を要求するオセット人の間で民族的緊張が続き、両者の間で武力衝突が散発的に生じてきた。2008年夏になると、武力紛争が激化し、同年8月7日にグルジア政府は大規模な軍事作戦の開始を決断した。それに対し、ロシア軍は同地区に居住するロシア人を保護する目的で軍事介入を開始した。メドベージェフ露大統領は、「南オセチア地区におけるグルジア軍の軍事攻撃は大量殺戮である」と述べる一方、ラブロフ露外相は、「ロシア軍による武力行使は、保護する責任の執行である」と宣言した19。「保護する責任」において文民保護を目的とした軍事介入の前提となる「正当な理由」は、大量虐殺、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪の四つの残虐行為である。ロシア指導部の主張に反し、人道研究ジャーナルVol. 1, 2012119