「人道研究ジャーナル」創刊号

「人道研究ジャーナル」創刊号 page 122/216

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Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012武力紛争の監視を行っているNGO「国際危機グループ」(ICG)は、グルジア軍による南オセチア地区の攻撃が大量殺戮であると断定できる証拠に乏しいと主張しており....

Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012武力紛争の監視を行っているNGO「国際危機グループ」(ICG)は、グルジア軍による南オセチア地区の攻撃が大量殺戮であると断定できる証拠に乏しいと主張しており、ロシア軍の南オセチアへの軍事介入が同要件を満たしているかは疑わしい。また、「保護する責任」の文脈では、全ての軍事的強制措置は国連憲章第7章に基づいて執行されることになっている。つまり、全ての軍事的強制措置は安保理決議による授権が必要なのである。しかし、ロシアは安保理での審議を経ずに一方的に南オセチア地区に軍事介入を行った。この点からも、南オセチア紛争をめぐるロシアによる「保護する責任」の発動は、「誤用」であると見なし得る。(3)小括2003年のイラク侵攻において、米国が「テロとの戦い」を正当化するために「保護する責任」に言及して以来、「保護する責任」の軍事介入正当化要件が誤用される懸念が指摘されてきた20。サイクロンナルギスの事例を取りあげると、確かに、ミャンマー政府は少数民族への弾圧、政治犯への拷問・処刑等、長年に渡り自国民を弾圧してきた経緯がある。2011年2月にミャンマーを訪問した国連人権特別報告官は、ミャンマーで発生している人権侵害には、「戦争犯罪」や「人道に対する罪」に該当する可能性のある事例も存在すると国連人権理事会で報告している21。しかし、ミャンマー政府が自国民への人権侵害を継続してきたという歴史的背景があるにしても、仮に「保護する責任」を自然災害に適用するという前例を作れば、「保護する責任」に懐疑的な国々はそのような適用を国家主権への侵害であり、西欧諸国の国益を伸張させるための「トロイの木馬」であると見なし、「保護する責任」を具体的事例に適用することに対し、より慎重になる可能性がある。このように、「保護する責任」における軍事介入の「正当な理由」の誤用あるいは拡大解釈は、各国の「保護する責任」へのコミットメントにも影響を与える恐れがあるため、今後各国間で「正当な理由」の解釈に関してコンセンサスを形成していく必要があろう。2.拒否権の行使決議1674では、ICISS報告書において提案されていた拒否権の行使の制限について言及されてはいない。しかし、2006年の同決議承認後も、拒否権行使の制限をめぐる議論が重ねられ、近年では「拒否権を行使しない責任」という言説が生まれている。2007年、米国ホロコースト博物館が設立した大量殺戮防止タスクフォースは、拒否権により国内紛争における人道問題に言及するいくつかの決議が否決されてきたことを非難する一方、安保理に対し大量殺戮への対応法を改善すべきであると提言した。また2009年、国連事務総長報告書『保護する責任の履行』は、5常任理事国に対し、問題となる国家が自国民を保護する意思または能力がないことが「明白」な場合、拒否権の行使を控えるよう要請している。こうした議論が展開する中で、「保護する責任」という言葉から派生する形で「拒否権を行使しない責任」という言説が生まれた。だが、5常任理事国が拒否権の廃止あるいは制限に同意する見込みはほとんどない。したがって、大量殺戮の危機への軍事介入を容易にするには、「拒否権を行使しない責任」を常任理事国に要求よりも「拒否権を行使させない政治的環境」を形成することのほうが重要である。以下では、常任理事国が拒否権を行使しなかったリビア内戦を事例として取り上げ、常任理事国が拒否権を行120人道研究ジャーナルVol. 1, 2012