「人道研究ジャーナル」創刊号

「人道研究ジャーナル」創刊号 page 85/216

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Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012が3.7%、軽症が96.1%でした。ほとんど軽症で、慢性期の患者さんでした。だけども、避難所生活は、寒い時期の中で、慢性疾患が悪化するとか、お薬がないとか、また、....

Journal of Humanitarian Studies Vol. 1, 2012が3.7%、軽症が96.1%でした。ほとんど軽症で、慢性期の患者さんでした。だけども、避難所生活は、寒い時期の中で、慢性疾患が悪化するとか、お薬がないとか、また、高齢者が多いので、日常生活がままならないという状況があったわけです。私も、発災より、1週間ぐらい経って、石巻に入りまして、避難所を見て回りました。そのときは、まだ、救護班が十分に入っていない状況がありましたので、避難所に寝たきりの人たちが、おむつ交換もなく寝たきりの状態で、何の世話もない状況がありました。これはやっぱり看護ケアが必要だと思いました。しかしながら、その同じ体育館の中に、赤十字の救護の診療所もできていたんですね。だけど、そこにもやはり患者さんたちが多勢診察を受けに来られますので、そこで手いっぱいなんです。ですから、同じ避難所に居ても生活している人々に目が届かないのが実情で、放ったらかしにされていたという状況がありました。それで、看護ケアをじっくり行う者が必要だなという思いがありまして、看護ケア班を派遣するに至りました。日赤の救護班と看護ケア班というかたちで行ってまいりました。赤十字の救護班の考え方として、復興期に入ると、もうそれはハンドオーバーし、そこの地域を活性化するためには、赤十字はあまり活動を続けないというのがあります。看護ケア班も、そこをどう考えるかというのは非常に難しい判断でありましたが、せめて8月までというところで、一応区切りました。しかし、実際は、ニーズがありましたので、これは、何とか続けていく必要があるだろうという思いで、大学に依頼をしたというしだいです。東浦:大学は、そういう仕事のための班とか人員を常日ごろから持っているわけじゃないですよね。人員確保をどういうふうにしていくのか、費用の問題だとか、そういうことだっていろいろとあったかと思うのですけれども、ご苦労だいぶあったんじゃないですか。高田:浦田部長から話があり、最初はそのあとを引き継ぐというイメージでスタートしたのですけれども。やはりここのところが前にも言いましたが難しい。赤十字の救護班というのは、赤十字の病院の中でもともと組織されていて、何かあったときにはすぐに出せる、出るということが当然の任務といいますか、使命といいますか、そういうふうに組織化されているわけです。しかし大学の場合は全く違って、そういう組織化はされていないし経験者というのがほとんどいないわけです。本学の場合も小原先生ぐらいしか、実際の経験、ノウハウを持っている人がいないということもあって、これをどうしていけばよいのかというのは、なかなかちょっと雲をつかむみたいな話だったんです、最初のうち。お金ももちろんないので、とにかく学園本部のほうにご相談したら、その年度の研究助成金の残額がある程度あるということで、これを3月いっぱいまでの活動資金として充てることはできるという、そういうところから、少しずつ具体的に考え始めていきました。災害フェーズは、徐々に、相談している間にも変化していって、ちょうど6月の末に学長が現地で集まり、それから8月初めにもう一度行ったのですけれども、その間に、避難所から、仮設住宅に移っていかれる時期でもあったんですね。ですので、従来型というか、看護ケア班が行っていたような支援活動とは、また別のかたちのことを考えてもよい時期になっていたということと、人道研究ジャーナルVol. 1, 201283