「人道研究ジャーナル」Vol.2

「人道研究ジャーナル」Vol.2 page 140/276

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「人道研究ジャーナル」Vol.2

The Journal of Humanitarian Studies Vol. 2, 2013目撃者の特高課太宰課長(添付資料1)と宍戸隊長から、詳細を聞く。駐日代表部書記長兼通訳の冨野康治郎氏が彼らの報告を英語に通訳する。5.地形について広島市は太田川の河口の三角州に位置し、底辺約20km、頂点から底辺までの高さが約12km、河口付近以外は木でおおわれた高さ500mの丘陵に囲まれている。広島市はその三角州平野に建造され、そこには少なくとも6、7本の川の支流が交差しており、いくつもの橋でつながれている。6.気候について原爆投下日は晴天であった。7.原爆の効力3要素:爆圧、放射能と熱線による。8.爆発した場所幾つかの痕跡から原爆の爆発は広島市中心部上の地点で起こったといえる。宍戸隊長より軍事関係者は地上約500m付近での爆発であると推測していることを聞く。爆心地は商工会議所近くの相生橋上であることは間違いない。爆圧のすさまじさは、欄干が外側に向いて曲がっていることから見てとれる。電線、街頭や路面電車の電柱は、ほぼ折れてしまっているか爆心地から反対の方向へ折れ曲がっている。爆発によって起こる吸収効果の痕跡はなく、追跡出来そうになかった。9.被害地域分かりやすくするために3つの区画に分けた。そのうちの1つ、直径2キロのエリアは完全に破壊され、その隣のエリアの住宅も最大6キロ付近まで激しく損傷しており、その周辺部にある軽い被害の住宅も合わせると、中心部から最大10キロ離れた付近にまで及んでいる。(添付資料2の地図参照:訳注ICRCから入手した文書には添付なし)森に囲まれた丘陵の周囲は焼け焦げた木々により赤みがかっており、その草木の中には熱線、もしくは閃光による被害を受けたとわかる木々もあった。10.音について目撃者へのインタビューにより、全員が電弧溶接もしくはマグネシウムを燃やした時と同様の強力な閃光を認識している一方で、何も聞こえていなかったことがわかった。一方で、郊外に住む人はものすごい爆音を聞いている。その爆音は爆心地から16キロよりも外の場所で聞こえていたといえる。11.建築物、車両等への影響少数のコンクリート性の建物をのぞき、他県と同様、広島市のほとんどの住宅は材木、壁は粘土、泥、そして藁の混合物で造られている。実際、市内のこのような構造の家が上空からの爆圧で全て倒壊してしまい、それによって発生した大きな埃の固まりが上空へと昇って行った。かなりの死傷者は崩壊した家の下敷きになったり、瓦礫で負傷をした。家の倒壊により煙の立ちこめている箇所以外は、広大なエリアが平地になっていた。爆心地内にある堅牢なコンクリート性の建物もまた激しく損傷しているものの、完全には倒壊していなかった。ビルの中の通常燃えないような部分も猛烈な熱さにより、燃えてしまっていた。しかし、爆心地内にある頑丈なコンクリート性の相生橋は、表面の損傷だけで済んだ。その橋の支柱付近の舗道には、橋の中心部で起こった爆圧のせいでできたと見られる大きな横断線の亀裂が走っており、その圧力が橋の外観を損ねたに違いない。特筆すべきは、鉄筋構造の橋や建物も完全につぶれてしまっていたことである。138人道研究ジャーナルVol. 2, 2013