「人道研究ジャーナル」Vol.2

「人道研究ジャーナル」Vol.2 page 152/276

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「人道研究ジャーナル」Vol.2

The Journal of Humanitarian Studies Vol. 2, 2013にあり、市街で発砲騒ぎがあった」などと憂慮すべき内容ではありましたが、私は帰京することにしました。というのは、日本外務省と俘虜情報局に対して(連合国軍)俘虜引揚業務と赤十字国際委員会(駐日)代表部の役割として私が考えていることとについて説明しておきたかったからです。8月18日、私は鈴木公使連絡を取った上で幾つかの会合を開き、俘虜引揚業務の準備を始めました。8月24日、総ての代表が主要な俘虜収容所に向けて出発しました。この日から9月15日に至るまで事実上、私は我が駐日代表部のことにかまっていることができなくなりました。と申しますのは、連合軍当局との折衝と連合軍俘虜の本国引揚業務に、私は総ての時間を費やさねばならなかったからです。8月17日、ストレーラー女史およびアングスト氏同席の上で、私はビルフィンガー氏と駐日代表部の今後について長時間話し合いました。そして、私は、3人それぞれにいつまで業務への協力を当てにすることができるかを尋ねたのです(11)。ビルフィンガーは直ちに答えて言いました。「これ以上の協力は御免だし、何らかの任務を引き受けるのもいやだ。もとの仕事にもどりたいんだ」、と。そこで、彼が駐日代表部のために賃借している家屋は引き続き我々代表部が使用することができるのかを私が尋ねますと、「残念ながらそれはできない」と彼が答えました。というのは、その家屋は彼自身、そして彼の家族が使用収益したり、更には、日本駐在のアルミニウム社重役との会議のために必要だからだ、というのです。率直に申しまして、ビルフィンガーが赤十字代表という立場で賃借した当該家屋が我々代表部から切り離されること、彼が当初代表部との間で為した取決めは私が理解していたことと全く食い違っていること、を目にすることは私にとっては不愉快なことでした。こういうわけで、我々としては他に家屋を探す他ありませんでした。しかし、今日の東京ではそれは著しく難しいことです。そこで、私は、以前に要求した3つの報告書を私のもとに提出するように求めました。3つの報告書とは、すなわち、戦争中の日本での彼が担当した業務報告、(被爆後の)広島についての報告書、そして、広島地区での連合国軍俘虜本国送還業務についての報告書、のことです。ビルフィンガーは総ての時間を注いでこれら報告書を10月初めまでには完成することを約束し、同じ時期には上海にもどるつもりだとも言いました。以上のことは、私が既に打電したT788号電の中でも報告した通りです。ほどなくして、ビルフィンガー側の態度はあやふやとなり、すなわち、何をしているかを私に告げもせずに、ありとあらゆる手続をしたりもろもろの文書を書き始めたのです。そこで、「プライベートなことにのみ専念できるように代表であることをやめた方がよいように思うのだが」と私は彼に正面切って告げました。しかし、彼はこれを拒んだのです。時間がありませんので、ビルフィンガーとの会話の総てをここでお伝えすることはできません。しかし、こうした一連の事態は、日を追うごとに顕在化して参りました。代表部業務全体の中でビルフィンガーの一件が、私にとりいかなる点において不都合なものであったかを御理解いただくには、ビルフィンガー文書の交信綴りに目を通して下されば十分でしょう。スイス公使と私は、八方手を尽くしてスキャンダルになることだけは回避することができました。しかしながら、この一件は、とうとう連合国軍最高司令部の財務局から軍情報局へと伝わってしまいました。確かなこととしては、「自らのプライベートな用務と(赤十字国際委員会)代表としての資格とをビルフィンガーに混同させないようにしてくれ」という趣旨の文書および口頭でのあらゆる通知を、ビルフィンガーが私になりかわって受領していたということです。彼の言い分によると「自分の妻が所有しているのだ」とかいう日本円を両替するために、最高司令部にあててビルフィンガーがしたためた書(12簡は、不適切極まるものです。電報での事件は金銭についての問題)よりも重要ではないように私は思います。自らの書類ばかりか、関連書類や電報の写しとを携えてビルフィンガーが最高司令部に出頭した折に、彼への尋問が為されている間に、それらの書類総てが当局により押収されてしまいました。従いまして、「ビルフィンガー・インタークロス」(13)という署名のもとに(スイス国内の)自宅へと彼が送信した諸電報の写しを、私は本部に提出することができないのです。しかしながら、それらの電報のうちの一通が言及していたのは、上海での彼の工場に勤務していた何名かのドイツ人技術者らのために便宜を図らんとの目的から、最高司令部にビルフィンガーが働きかけていたことでありました(14)。要するに、ビルフィンガーは、最高司令部に対してというよりは赤十字に対して、不適切なことを為したのです。しかしながら、最高司令部財務局は本件を深刻に受け留めています。実際のところ、ビルフィンガーが上海へ出国することにより本件がなるたけ早く清算されるように、私としてはできるだけのことは総て為すつもりです。(10 )と150人道研究ジャーナルVol. 2, 2013