「人道研究ジャーナル」Vol.2

「人道研究ジャーナル」Vol.2 page 162/276

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「人道研究ジャーナル」Vol.2

The Journal of Humanitarian Studies Vol. 2, 2013の連合国軍戦争捕虜収容所で看守として勤務した多くの日本軍将校らが今ではここに収容されているだけに、興味深いものでした。彼らの中には、私どもや連合国軍捕虜に対しては好意的にふるまった旨の証明をどうか書いてくれないかと頼み込む者もありました。現在のところ、ただ一つの場合を例外とすれば、そのような書面を交付しないようにと私は協力者らに言いました。ただ一つの例外とは、かつて監視を担当した連合国軍捕虜らから「収容所では自分たちのために骨折ってくれたことを感謝する」旨の何通もの書面を受取り、それらをペスタロッチ代表にゆだねた一日本軍収容所所長の場合でした。ペスタロッチ代表はこれらの書面を紛失してしまいましたが、私としては同代表にこの日本軍将校のために次のような趣旨の証明書を書くことを認めました。すなわち、「連合軍捕虜らからのそれらの書面はペスタロッチ代表の手元に保管されており、同代表に対する当該日本軍収容所所長の対応は常に道義に適ったものであった」という趣旨の証明書です。駐日代表部についてただ今から駐日代表部について手短に申上げることにします。我々に残っているのは東京事務所のみです。ここで勤務している人員は次のとおりです。すなわち、ストレーラー女史、アングスト氏、私、そして野原氏、宮下夫人、佐藤女史、です。このうち、野原氏は日本人ではありますが、ドイツ人女性を母親とし、シイベル‐ヘグナー社に勤務していました。私は英仏語に堪能な女性タイピスト1名が欲しいのですが、非常に困難です。私としては、久しく首席を欠き、なかんずくジュネーブの本部からの代表のないままだった当代表部の陣容を縮小することになっても構わないから、少し時間を要してでも、活気にあふれかつもう少し秩序立った形で再出発させたいものだと考えました。だからといって、私の着任以前の当代表部の業務に批判すべき点があるなどと申しているのではありません。その反対です。実際、業務は為されていたのです。しかしながら、残念なことには、ペスタロッチ氏は自らの面目を保ち得るような部類の人ではありませんでした。というのも、氏が置かれていた状況下では、周知の手腕で諸外国の利益代表を務めていたスイス公使閣下が氏の眼前におられたのですから。ペスタロッチ氏は、こうした状況で取るべき対応に気づかず、そしてそのようにふるまうことができませんでした。だが、それは氏の過ちではありません。ペスタロッチ氏にはその用意ができていなかったのです。ペスタロッチ夫人は半分イスラエルの血を引くドイツ・バルト系の女性であり、注目を引く存在ではありませんでした。そしてこのことからも、当駐日代表部は、日本政府及び日本赤十字社、更には各国外交官界隈に対しても、期待されていたような重みを持ち得なかったのです。アングスト氏は、ペスタロッチ氏を出し抜かないようにして、同氏の言動に従いました。というのも、アングスト氏が当代表部に加わったのは、ペスタロッチ氏の後だったからです。しかし、アングスト氏は豊かな資質と良い友人とを有しており、優れた仕事を成し遂げることのできる人物であると私は考えております。個人的に申しますならば、私はアングスト氏に対しては友情を抱いておりますし、全面的な称賛を惜しみません。もっとも、氏の考え方には時としてやや子供っぽいところがあるのですが。私の右腕であるストレーラー女史は全力を尽くしてくれています。彼女の存在は私にとって貴重でした。特に当初、英語について私を助けてくれました。彼女はすぐに代表としての勤務に取り掛かってくれましたから、私の方でも、赤十字国際委員会活動の根幹となる一般的な諸問題について、彼女に説明しておいたのです。私どもが日本に到着したばかりの頃、彼女の体調はややすぐれませんでしたが、今ではほぼ快調に向っています。ペスタロッチ氏はできるだけ早くスイスへ帰国したいと望んでおります。しかし、彼の離日はひとえに、後任者であるヴォルファー氏の着任の日程次第です。私は本部からの回答をずっと待っているところです。必用な手続をGHQあてに申請するのはそれからです。ペスタロッチ氏は横浜市に在住であり、自分の事務所に詰めています。氏は横浜で事務所を営んでおり、そこには横浜市民らが消息や伝言を求めて訪れています。ペスタロッチ氏は、その事務所で、パラヴィチーニ氏が亡くなってからの当代表部の業務についての総括的報告(これは私が日本に着任してから氏に要請していたものです)の執筆を終えつつあります。アングスト氏は、翌年2月末そして場合によってはおそらくは3月末までは(赤十字国際委員会駐日代表部)代表として居残ってくれることを、私に約束してくれました。しかし、これより先は代表として勤務すること160人道研究ジャーナルVol. 2, 2013