ブックタイトル人道ジャーナル第3号

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概要

人道ジャーナル第3号

The Journal of Humanitarian Studies Vol. 3, 2014研究ノート思想普及の行方~国際人道法の普及は何を目指すのか~Exploring some goals of disseminating the idea of humanity~Prospects for IHL dissemination~日本赤十字社救護・福祉部齊藤彰彦「普及」のあるべき姿とは?国際人道法の普及のゴールは何か。その答えはある意味単純で、普及する対象、また、普及に使われるテキスト(人道法そのもの)が絶えず変わりゆく社会に我々が生きていることを考えれば、「普及の営みに終わり(ゴール)はない」と言えるかもしれない。それではそもそもなぜ人道法を普及する必要があるのか。「法的に義務付けられているから(ジュネーブ諸条約47/48/127/144条、第一(以下「P1」)・第二追加議定書83/19条)」というのがすぐに思い浮かぶ理由かもしれない。しかし、その法的根拠以外の実質的な普及の動機付けへの問い「普及は何を目指しているのか?」は、これまであまり深く考えてこられなかったのではないだろうか(行為を行う理由がなければそもそもゴールなどあるはずもない)。この問いに答えることの難しさの一つは、普及のあり方が一様ではないことに由来している。つまり、誰が誰に対して普及を行うのか(語りかけるのか)という個々の対話の図式を顧みることなしに、普及のあるべき姿(実りあるコミュニケーション)を描き出すことはできない。そうした普及(対話)における基本的な配慮と、極めて流動的な社会背景を考えるとき、普及を行うべき「動機付け」をどう考えることができるのか。本稿は、人道法の普及が実践されるいくつかの文脈への考察をもとに、より良い普及に向けた考察材料を提供するノートである。普及の「動機」を明らかにする伝統的な人道法普及の目的は、戦場における戦闘員ないし医療要員の行為規範の確立であるし、それは今も変わらない。その意味で、普及の究極の理想は、戦場における法の支配の確立であり、それが普及の目指すべき方向の一つであることは言うまでもない(「人道法は国際法が消滅する地点にある」と言われるよう、それは見果てぬ夢かもしれないが)。しかし今日、人道法普及への期待は、国際人権法をはじめとする周辺国際法規範の顕著な発展に伴い、幅広く一般市民も見据えた「平和の涵養」といった教育的側面にまで拡大し、普及の目的は多様化している。もはや人道法普及のテキストがその中核的なジュネーブ諸条約及び追加議定書に限定されないことからも、普及の担い手がまず「何を普及するのか」を定かにする作業は複雑化しているように思われる(普及の法的根拠、それに関連する周辺国際法規範の発展と普及の内実の拡大については、拙稿「研究思想普及の軌跡~国際人道法の普及義務規定の発展史~」『人道研究ジャーナル』Vol.2(2012)参照)。こうした状況下で、人道法普及のひとつのあるべき姿を指し示すことは困難だろうし、固定化した(「対話」という文脈への思慮を欠いた)人道法普及は結局、その対象となる人々、それをとりまく背景を無視した「思想の扇動」に堕してしまうことにもなりかねない。人道法が戦争(武力紛争)を取り扱っているという一面的な理解で、日本ではしばしばその普及がタブー視される理由もそこにある。つまり、普及のやり方(言葉の選び方)次第では、戦争を扇動している印象を与えてしまう危険である。考察をより細分化していきたい。普及のあるべき姿を描き出す手がかりとして、まず普及が実践される文脈を明らかにする必要がある。つまり、普及の営みを考えるとき、それが「誰に向けられた普及なのか」という問いを、そしてまた、それぞれの文脈における普及の担い手にとっては「なぜそれ(人道法)を普及しなければならないのか」という問いを、普及の対象者にとっては「なぜそれ(人道法)を知る(学習する)必要があるのか」という問いを明らかにしておくこと(各々の動機付けの明確化)が実効的な普及には不可欠である。40人道研究ジャーナルVol. 3, 2014