ブックタイトル人道ジャーナル第3号

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概要

人道ジャーナル第3号

The Journal of Humanitarian Studies Vol. 3, 2014戦後の日朝赤十字間の協力関係年代内容1955(S30). 4. 18朝鮮赤十字会が残留日本人の確認と送還に努力中である旨伝えてきた。1956(S31). 1. 27葛西副社長を団長とする代表団がピョンヤンで「引き揚げ」について協議。? 2. 28共同コミュニケ発表。1956(S31). 4月上記コミュニケにより36人が帰国。1959(S34). 2. 14日本政府が在日朝鮮人の北朝鮮帰還を認める旨閣議了解。1959(S34). 8. 13カルカッタにおいて朝鮮赤十字会と「在日朝鮮人の北朝鮮帰還に関する協定」調印。1959(S34). 12. 14北朝鮮への帰還が始まる。以後第187次(1984年7月23日)まで計93,340人が帰還する。1966(S41). 9. 17下関において北朝鮮漁船「平新丸」事件が起こる。乗組員間の反乱事件。朝赤から日赤あての協力依頼あり。日航機「よど号」ハイジャック事件起こる。1970(S45). 3. 31日赤福岡県支部から救護班出動。両国の唯一のルートとして赤十字のチャンネルで日赤より朝鮮赤十字会及び大韓赤十字社へ人道的配慮を要請。1975(S50). 9. 2「松生丸」北朝鮮に拿捕される。日赤は乗組員の安否調査と人道的配慮による早期帰国を朝赤に要請。1982(S57). 10. 1第25次帰還船に乗船した朝赤代表により、日本人妻9名の安否について連絡あり。1983(S58). 11第18富士山丸拿捕事件発生。富士山丸船長の紅粉船長及び栗浦機関長の健康状態の照会並びに家族の訪朝申入れを、日赤から朝赤へ連絡。10回以上にわたり手紙と小包を伝達した。1983(S58). 7. 26石川県の漁船「第36八千代丸」事件発生。北朝鮮の警備艇の威嚇射撃で船長が死亡。日赤が朝赤を通じて連絡した結果、乗組員の釈放と遺体返還が実現した。1984(S59). 7. 24第187次帰還船に乗船した朝赤代表より、日本人妻留守家族あての手紙12通を受取る。一方、5名の日本人妻の安否について口頭で連絡あり。1985(S60). 8. 31日本漁船68艘が台風を避け、北朝鮮域に入る。日赤より朝赤へ緊急避難を連絡。1985(S60). 12. 23石川県のイカ釣漁船「第83永宝丸」が北朝鮮警備艇と接触し沈没。日赤から朝赤へ乗組員の安否照会。全員無事に帰国。1986(S61). 1. 7鳥取県カニかご漁船拿捕。日赤から朝赤へ安否照会。後日、無事寄港。1987(S62). 1. 20北朝鮮船「ズ・ダン号」が福井新港に漂着。乗員11人に対し、日赤福井県支部を通じ救援物資及び医療救護を行なう。人道研究ジャーナルVol. 3, 2014 61