ブックタイトル平成27年度「学校法人日本赤十字学園教育・研究及び奨学金基金」教育・研究事業報告書

ページ
30/74

このページは 平成27年度「学校法人日本赤十字学園教育・研究及び奨学金基金」教育・研究事業報告書 の電子ブックに掲載されている30ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play

概要

平成27年度「学校法人日本赤十字学園教育・研究及び奨学金基金」教育・研究事業報告書

ICRCと「国境なき医師団(MSF)」で人道支援に携わったフィオナ・テリーは、人道支援が紛争に悪影響を与えていることを認める一方、「害(harm)」を全く与えない人道支援など存在せず、アンダーソンの”Do No Harm”は幻想であると批判している。その上で、人道機関がすべきことは紛争解決や開発等に手を広げて紛争当事者に付け込まれる隙を与えるのではなく、人命救済に専心し、「害」が最小限になるような方法を模索することであると主張している44。元MSF職員のニコラス・デ・トレンテも、特定の紛争当事者を支持する被災者を支援から外す「ひも付き」の援助は、被災者のニーズからかけ離れる可能性があるだけでなく、紛争当事者間の不信を招き、人道支援要員への暴力行為を誘発する可能性があると指摘する。また、平和や開発という長期的な目標を達成することによって得られる便益は、緊急支援を受ける被災者の権利よりも重要であるという主張に本当に正当性があるのかと疑問を呈している。さらに、各国の対外政策の目的と被災者のニーズはめったに一致することはないため、人道支援と紛争解決の統合によって、支援計画は歪められてしまうと警告している45。これらの批判を総括すると、「古典派人道主義」は、1人道原則の軽視、2「ひも付き」援助、3人道支援の政治化、4人道支援の軍事化の点で「新しい人道主義」に対して懸念を抱いているのである46。(5)おわりに本稿では、人道支援要員に対する攻撃、人道アクセスの制限など、紛争当事者から様々な妨害を受ける可能性のある現代の人道支援の現場を描写した上で、人道コミュニティの中では「古典派人道主義」と「新しい人道主義」という2つの潮流があることを示した47。そして、「古典派人道主義」の立場に近いICRCは、このような厳しい人道支援の現場において、人道的空間を確保するために、「区別の論理」に基づき人道と政治を厳格に峻別する立場を堅持する一方、人道と政治の統合を是認する「新しい人道主義」から人道危機の根源的原因である紛争、脆弱なガバナンス、低開発の問題に言及していないと批判されていIndependent and Neutral Humanitarian Action,”International Review of the Red Cross, Vo.86,No.855, 2004, pp.505-514.44Terry, F., Condemned Repeat?: The Paradox of Humanitarian Action, Ithaca and London:Cornell University Press, 2002.45de Torrente, N., op cit.46Nascimento, D.,“One Step Forward, Tow Steps Back?: Humanitarian Challenges and Dilemmasin Crisis Settings, The Journal of Humanitarian Assistance,https://sites.tufts.edu/jha/archives/2126 (accessed on Jan 31, 2016).47長有紀枝「第7章NGOの視点から見た民軍関係NGOにとっての民軍関係が意味するもの」上杉勇司編『国際平和活動における民軍関係の課題』広島大学平和科学研究センター研究報告シリーズ,第38巻,2007年,129-145頁図1で示したように、実際にはこの2つの潮流の間の立場を採る人道機関が存在する。長は人道主義のアプローチを「マキシマリスト」、「ミニマリスト」、「プラグマティスト」の3つに分類している。28